本の値段


津田 恭敬


 2月某日、東京駅に戻って来た時には17時ちかくなっていた。明日はまた朝から名 古屋行きだ。職場に資料を取りに戻らなければならないが、出張続きで少々疲れてい る。試しに職場に電話をかけると、勝手知ったる経理の女性が出た。『悪いけど○× △を持って来てくんない?夕食は僕の奢りで。』....契約成立

待ち合わせまで時間があるので八重洲の地下街をうろつくと、古本屋があった。こ のての店には滅多に入らないのだが、引き込まれるように足を踏み入れると、そこに 運命の出会いがあった。

 『会津の山々・尾瀬』....昭和36年、ヤマケイの編集長であった川崎隆章氏の 編による名著である。川崎隆章氏は、尾瀬・会津について思い入れが強かったらしく 、この山域について3冊の本を出しているが、これはその3冊目にあたるものである 。当時、修道社より 1,000部だけ出され、その後、復刻版も出たが非常に入手困難で あったと、かつて、ある本で読んだことがある。以来、心の片隅に引っ掛かっていた 本を、今、僕は手に取っている。

 分厚い本を開くと、執筆者達の会津の山々への深い思い入れが、 400頁の重みとし て僕の手に伝わってきた。尾瀬はもともり、会津駒から朝日岳に至る名山の数々、帝 釈山塊、那須連邦....。色褪せた写真には、今では想像もできない、陸の孤島と 呼ばれていた時代の山村と、そこに生きる人達がいた。  ここで会ったが 100年、否、35年目、これは買わねば。当時 1,000円だった物が 9 ,500円になっていたが、物価上昇地価高騰に比べれば屁の河童である。否、ここは無 理をしてでも購入すべきだ。こういう時の決断は早い。問題となるのは、取り敢えず 今、僕の財布に幾ら入っているかということだが、これからデェトすんだよ、デェト 。それに、明日の出張旅費は既に手元にあった。......おいおい

 経理の彼女と会ったとき、僕は上機嫌だった。上機嫌だったので、夕食は南欧のお 料理の下から2番目のコース。飲んべえ2人揃ったのでワインのボトルがついた。あ まりの羽振りのよさに、怪訝な顔をしていた彼女も(焼鳥屋だと思っていたらしい) 、事情を話すと納得して、たいして興味もないのに本を手に取り、適当に僕の話に相 槌を打ったりする。ここいら辺りの対応が、大人というか、都会の女性というか、僕 の上機嫌は更に加速した........しめて2万円也

 酔い醒ましに二人で新橋まで歩く。一寸だけ顔を覚えてもらっているショットバー の片隅でスコッチを2杯、3杯、4........しめて8千円也

店も混んできたし、そろそろ帰ろうか〜、と表に出ると、ビルの谷間に吹く2月の 風は冷たく、身を寄せ合う二人のまわりに、何処からともなく漂ってきたのは温かい 『おでん』の匂いだった。この店の対応は不愉快極まるもので、思い出したくもない が金はとられた.........しめて3千円也

1996年の冬は、仕事やら私用やらに追われ、山へ行くこともままならず、心の余裕 も失っていた。2月某日は、そんな中での数少ない至福の一時だったと言えよう。で 、何が至福の時だったのか冷静に考えてみると、これがよく分からない。思いもよら ない偶然で貴重な本を手に入れたことか、都会の女性と楽しい語らいの一時を過ごし たことか。たぶん、どちらも正しいのだろうが、結果的にあの本の値段が幾らになっ たのか、ということは考えないようにしている。


戻る