越後の里山でわらじ始め
越後/小黒川本沢より上権現堂山(沢登り)
石井
越後の里山でわらじ始め
石井
【日時】2006年6月11日
【メンバー】石井(L)、飯田、関口、鈴木、高柳(智)
越後三山の北西、破間川、黒又川、佐梨川に囲まれた地域に1000mを越す程度の小さな山塊がある。唐松山(1075m)を最高点に、上権現堂山、下権現堂山と連なる稜線には登山道が整備され、地元のハイカーにはよく知られているようである。スケール的には丁度、かつてトマでよく訪れていた五頭山塊と同程度かひと回り小さい印象だが、そこは越後の豪雪地帯、きっとあなどれない厳しさも兼ね備えているに違いない。
今回は手始めとして、いちばん易しそうな短い沢を選び、まずは様子を見ることにした。見込みだけの、完全にマニア向けの計画にもかかわらず、5名ものメンバーが集まったのは有難いことである。
小出インターそばの「道の駅ゆのたに」で仮眠の朝を迎えると、朝早くからすでに大勢の人が集まっている。地元のイベントで野菜・山菜の汁物の無料振舞いを行っていたのであった。朝からツイている、と皆で一杯いただく。
曇天模様の元、田園風景の広がる中で車を15分も走らせれば、集落外れの戸隠神社登山口だ。既に駐車場にはハイカーの車が10台以上、結構人気のある山だ。
「どこへ行くんですか?」「…この先の沢へ」「ほーお、そりゃすごいねえ」ハイカーの好奇の視線を感じつつ、準備して林道を行くと、谷が雪で埋まっている。
いくら何でも早すぎる、と思ったが、下部ではここだけであった。右岸、左岸と林道から山道となって進むが、谷が険しいからか、道は谷を離れて山腹を登っている。植林地に出たところで少し下ってようやく遡行開始、歩きにくい沢筋を行くと、しばらくで開けた長松沢出合へ至る。
本沢に入り、何もない沢筋を進んでいると、釣師に会った。お互い、こんな所でよくもまあ、といった印象だったろう。上権現堂に直接突き上げる本流は何かありそうなので、左から少し急な傾斜で出会う左俣へと入る。ゴーロに少しナメが混じる程度の渓相が続くが、それでも2、3の滝らしい滝があり、楽しく越えていく。このあたりでようやく山の幸に出会うことができ、ほどほどに懐へ収穫物を仕舞い込む。670m付近で傾斜が緩むと、沢は崩れかけの雪で覆われ、越えた先の奥の二俣は左へと入る。程なく水が無くなり、ブナ森とうすい笹薮をしばらく進むと稜線の登山道に出た。
アップダウンのある道を上権現堂山へ向かう。標高は低いながらも展望は良く、コシアブラを摘まみながらの稜線漫歩。遠望する左手には守門と浅草、右手の八海山はまだ残雪期の山のようだ。ただ、上権現堂周辺に突き上げている沢を見ると、1000m足らずの山とは思えないほど険しく、手強そうな所もありそう。こちらでも未だ残る雪を時折踏みながら、最後は少し急な登りをやり過ごして上権現堂の山頂に着いた。
ビールと行動食で一息入れてから下山にかかる。稜線に出た地点まで戻り、その少し先で下権現堂を通らずに直接神社へと下る道に入る。トラバースが多く、雪で埋まった沢を下っているのでややわかりにくいが、沢の下山としては歩きやすい方だ。
戸隠神社は結構立派な社で、由緒ありげな雰囲気。境内ではすでに下山してきたハイカーが地元のお母さん方の山菜料理とお茶の振舞いを受けており、我々もこれに加わることができた。アザミの煮物や山椒の煮付けなど、素材は珍しくなくても、料理法はその土地独特のものであり、嬉しいもてなしだった。
車に戻り、神湯の里で汗を流したら、最後はやはり「じねん」に行くしかない。
大湯温泉入口の行きつけには11月以来だったが、まさに旬の山菜・野草料理で、これまたいつもと変わらぬ丁寧なもてなしであった。帰路の渋滞も無く、短いながらも山と、人と、味で満足のいく山行であった。
今回、名にしおう豪雪地帯の沢ということで不安が無くはなかったが、異常に雪が多かった今年でも心配したほどの残雪は無く、むしろ例年なら5月下旬で遡行可能となるだろう。沢自体は平凡で、それほどの困難はなさそうなので、山の幸が楽しめそうな時期に、ルートを変えてまた訪れてみたい。
【コースタイム】
戸隠神社(8:00)−長松沢出合(8:50-9:00)−稜線(11:55)−上権現堂山(12:25-50)
−戸隠神社(14:30)
【地図】須原
【グレード】1級